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ごあいさつ

学校法人広瀬学園
理事長
島根総合福祉
専門学校校長
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「子どもと高齢者」社会へ向けて
今、日本は少子・高齢化という人口構造の大きな変化の節目にあります。人間のライフサイクルを全体として眺めたとき、「子どもの時期」と「高齢期」という二つの時期は、いずれも地域への“土着性”が強いという特徴を持っています。
また人口全体に占める「子どもと高齢者」の割合は、戦後の高度経済成長期を中心に一貫して低下を続け、それが世紀の変わり目である2000年前後に「谷」を迎えると増加に転じ、今後2050年に向けて今度は一貫して上昇を続ける「子どもと高齢者」主体の社会を迎えるといわれています。そして、島根県は「子どもと高齢者」社会の20年先を走っているといわれています。
本校は保育人材(保育士)と介護人材(介護福祉士)の育成にあたっています。つまり、戦後日本が駆け抜けてきた市場化・産業化時代から、人間的ケアをキーワードとした「子どもと高齢者」ケア社会へ転換し、着陸しようとしています。そうした時代と価値の転換の流れの中で、島根という地域への土着性を背景に、子どもや高齢者へのケアの質(専門性)の強化を目的とした福祉人材の養成をおこなう高等教育機関としての独自の役割をこの15年間果たしてきました。
2015年には幼保一元化がほぼ実現するといわれています。総合こども園が全国の保育所、幼稚園などの7割を占める予定です。保育士と幼稚園教諭の資格免許の統一(あるいは同時取得の要件化)も目前に迫っています。本校は、資格免許の同時取得を4年前から行い時代の変化に対応してきました。同じく2015年には介護福祉士の国家試験化がおこなわれます。介護技術や知識の豊富さだけでなく、実践力や課題解決力を兼ね備えた介護人材を福祉現場は求めていると言えます。「子どもと高齢者」社会の熟成とともに、人材養成の高度化は当然の帰結です。本校は、より高度な、質の高い教育を学生に提供し、「子どもと高齢者」社会にふさわしい保育士、介護福祉士を育成することを約束します。 |
学校の沿革
| 1994年 |
福祉・医療10カ年計画
福祉専門学校設立の構想が、「第4次広瀬町総合振興計画」及び「広瀬町福祉医療10カ年計画」に盛り込まれる。 |
| 1995年 |
あおば福祉会との提携
広瀬町は「少人数のゆきとどいた教育」を目指して学校を建て実績を重ねている社会福祉法人「あおば福祉会」(大阪)の援助を要請し、専門学校設立準備にかかる。 |
| 1997年 |
島根総合福祉専門学校の開校
広瀬町は、1996年から高校生の進路調査・福祉人材の需要調査など研究を重ね、1学年35人の介護福祉士養成施設の設立に踏み切り、4月全国3番目となる「広瀬町立島根総合福祉専門学校」を開校。 |
| 1998年 |
文化祭の名称を「萌黄祭」と決定
3月、第1回の文化祭を実施。学生、教職員全てを対象に名称を募集。第1期生が「草木が芽吹き、真っ直ぐに成長していく」ようにとの願いを込めた、『萌黄』の名称を提案。 |
| 1999年 |
病院研修の導入
福祉人材の育成は、地域の願い。その目的を達成するために地域の医療的・福祉的資源を集結して教育を支える態勢を整える。 |
| 2000年 |
萌黄奨学金の設立
本校介護福祉士養成のための奨学金「萌黄奨学金」制度がスタート。高校現役卒業生はもとより、社会人入学生に学習の道を開く大きな支えとなる。 |
| 2001年 |
学校法人広瀬学園の設立
めまぐるしく進化する社会情勢に的確に対応し、これまで以上に地域社会に有為な福祉人材を育成するため、学校運営を町立から法人に切りかえる。広瀬町長を法人理事長に迎え、町の支援体制はそのままに、さらに魅力的な学校づくりにむかってスタートする。 |
| 2002年 |
新学科設立の検討を開始
時代が求める子育て支援のマンパワー「保育士」の養成に焦点をしぼる。 |
| 2004年 |
島根県で2校目、民間養成校としては初めての保育士養成科「児童福祉科」を開設する
本校独自奨学金「萌黄奨学金」貸与人数を倍増する。 |
| 2006年 |
同窓会「やまぼうしの会」設立 |
| 2007年 |
地域交流事業始まる |
| 2008年 |
幼稚園教諭免許教育連携コース開設
(近畿大学豊岡短期大学との教育連携)
「安来市介護人材を育てる会」発足 |
| 2010年 |
「いい町ひろせ連合 未来つくり課」発足 |
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